島原市杉谷の野島基次氏は温泉発掘を考え、権利を得て6ヶ月にわたり、120mの地下まで掘削したが、わずか摂氏27度の湯しか出なかったために中止となりました。昭和37年、この資源を原城観光に結び付けて泉都建設を目指すため、九州大学松下教授に依頼。地質調査の結果、温泉湧出を有望視され、昭和38年、権利を譲り受け県の補助を受け地下253mまで掘削、摂氏38度に達しました。昭和40年には、町営原城温泉センター(公衆浴場)。昭和42年には国民宿舎原城荘が相次いで開業、町内外の多くの皆様に親しまれ利用されていたが、施設の老朽化により建て直しを余儀なくされ、新たな町民の憩いの場として平成11年7月1日、温泉保養宿泊施設「原城温泉真砂」として新しく生まれ変わりました。
原城温泉の宿一覧
32.636387,130.256391









