虹別のアイヌの酋長(hasibami)幸太郎の話によると、養老牛温泉は約300程昔に既にアイヌが発見していたらしい。温泉はアイヌの憩いの場でもあり、また神聖な儀式の場(熊送りの場)として使われていたらしい古湯だった。大正3年(1914年)に標津岳に入山した西村氏が温泉を発見し、大正9年(1920年)に温泉旅館養老牛園を開業した。北海道東部の中標津町、標津岳南麓に位置し、当時は馬車道を自分で作り送り向かいをしたが利用客も少なく、昭和に入り湯治客少しづつ来るようになった。やがて鉄道が開通し交通のアクセスも少しづつ良くなり、温泉組合員も増えて中標津に空港もでき、東京方面からの直行便も飛ぶようになり。温泉の泉質は含有膏食塩泉。効能はリウマチ性疾患、運動器障害、創傷、慢性湿疹および角化症、虚弱児童など。アイヌ語でエ・ウォル(頭を水に突っ込んでいる)が養老牛の語源になったと伝えられている。
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