赤倉温泉は、江戸時代の文化11年(1814年)に、村民代表として庄屋の中嶋源八らが中心となり、役人松本斧次郎を介して、越後高田藩主榊原政令に、温泉場開発の願いを出た。当時は、妙高山は宝蔵院が管理し、入山すら禁止されていた。その温泉買い入れ金は800両、打撃が予測される関の湯(現関温泉。これも宝蔵院の領地)への迷惑料300両を宝蔵院に支払うことを条件に、文化12年(1815年)に許可を得た。米一石一両の時代に、実に1100両もの出費だった。文化13年(1816年)に着工し、同年9月下旬に温泉引湯に成功。引湯にあたっては、妙高山地獄谷より約7kmの距離を約500本の大竹で結んだと云う。その間、総経費として、3120両余がかかった。温泉の泉質は硫酸塩・炭酸水素塩泉。温泉の効能はリウマチ、あせも、湿疹、切り傷、火傷、皮膚病、美肌、動脈硬化、疲労回復など。
赤倉温泉の宿一覧
36.89414,138.176594









